腕から足から体が地に引きずり込まれそうだ。 暑い………… おまけに、空からは焼け付くような陽の光。 なんで、この俺が、こんな目に………。 「ホラ、ぐずぐずしない!さっさと歩く!」 「……ステッラ」 好きでそうしてる訳じゃないんだ、分かってるだろうお前も。 「早くしないと日が暮れちゃうでしょ、こんな所で野宿は御免よ」 「だったら、自分の荷物くらい自分で持てッッッ!!!!」 「イヤ」 即答された。 なぜそう言いきれるんだ、それから何でこんなに偉そうなんだ。 「あたしみたいなか弱い女に持たせるなんて男の恥だわ」 こ、こんな時だけ…………ッ 男女平等だとか日頃口うるさく主張してるクセに…!! 「これでも中身を少なくしてあげたのよ、ありがたいと思って」 どこがだ!逆ならともかく、どうして俺が感謝しなきゃならんのだ。 寧ろ勝手に俺の荷物から捨てただろうが………! 実際に文句を言いかけたが、ここで言い争っても体力を消耗するだけだと思いとどまる。 口論になったところで、悔しいことに結局はいつも負けるのだ。 気を落ち着かせて横目で見ると、ステッラは当然のように涼しい顔をしている。 俺が大人しいのをいいことに傍若無人な態度だ。 まったく腑に落ちない。いつからこんな風になったのか。 この女も昔はもっと可愛げがあった。俺の命令に絶対服従の有能な部下だったんだが…。 そんなことを考えながら歩き続けると、長く苦しかった坂道も一旦終わるらしく 視界の中で地面が途切れ広い青空が見えてきた。息を切らしながらも ようやく登りきるとちょっとした広場といかにも休憩所といった店があった。 人通りはまばらの街道だったので、その賑わいぶりに少し驚いた。 「すこし休んでいきましょ」 ステッラは相変わらず涼しい顔をしている。愛想のない女だ。 ほかには何も言わずこちらを一瞥すると、一人でどこかへ行ってしまった。 「はぁ…」 並べられたベンチのひとつに座り、その傍に二人分の荷物を無造作に落とした。 拷問にも近かった余計な重力から解放され、ただ束の間の自由と喜びを噛みしめる。 だらりとベンチの背に体を預け、ひとつ、ふかくふかく深呼吸する。 普段あまり煙草は吸わないたちだが、こんな時は一服すれば最高だろうなと思う。 ビールを一杯やるのでもいい。とにかく少しくらいの贅沢はしたいものだ。 が、残念ながら持ち合わせがないというか、経済面においてはあの女に全権をとられている。 いや、よく考えれば、どうもあらゆる面において主導権を握られているような気がする。 俺のやることなすことにいちいち文句をつけ、行動を制限する。それに逆らえば 更に小言が増し耳を塞ぎたくなるほどだ。よくもまあペラペラ喋るこった。 おまけに手も出る。なんなんだ、あの女は!!!ちょっとは好きにさせろ! 先ほどの安堵感が薄れ、不満がふつふつとわいてきた。 たまった心のモヤを吐き出すように息をついて顔を上げると、 目の前に座っていた現地の住民らしい男とふと目が合った。 「よう、観光かい兄さん」 全身気楽そうな様子の男は、顔をニヤニヤさせて俺に声をかけてきた。 最悪な気分だ、などと全くの他人にばか正直に言う訳にもいかないので 適当に返す。今までの経験上、『口は災いの元』だ。 出来れば放ってほしいのだが、人なつっこそうな男はその後も何かと聞いてきたので、 「ああ」だとか、「まぁまぁだ」とか、やはり適当に答えておいた。 そんな気のない返事ばかりしていたのだが、それでも男は満足らしく、 端から見れば会話が弾んでると思われるような言葉のキャッチボールが続き、 そのうち、こちらとしてはこれまた興味のない男の身の上話にまで発展した。 なんなんだ、これは一種の拷問か?嫌がらせか?今日はついてない……。 聞き流していると、急に男の話題が変わった。 「それで、さっきのお嬢さんはあんたのアレかい」 『お嬢さん』って、ステッラのことか。お嬢さんってガラでもないが。 …………………アレってなんだ? 「いやぁ、美人な奥さんをもらうっていうのは」 お、奥さん!?誰が??誰のことを言ってるんだ!! ひどい誤解だ!!!!!! 「だ、誰が、あんな女と………!!!」 男の話を遮って思わず叫んだ。刹那、上から冷たい感覚が俺を襲った。 ぱしゃり。 一瞬何が起こったか分からなかったのだが、自分はどうやら豪快に濡れたらしい。 頭から水浸しだ。背後にただならぬ気配を感じて振り返ると……… いた。 ステッラだ。 形容しがたい表情をしている。 あえて言うなら…前に立ち寄ったジャポンとかいう国で見た『ニオウ』とかいう モニュメントに似ている。自分の貧相な表現力を自画自賛するつもりはないが、 ぴったりの表現だ。立ち方まで、そっくりだ。 いや、 そんなことを考えてる場合じゃない! よくよく見ると、ステッラの片手には空ビンがあった。濡れた原因はこれか。 その震えている手から(あまりそうしたくはなかったが)視線を上に戻すと、 とにかく、鬼気迫った----------- ぱしゃり。 もう片手に持っていたビンから、また派手に水を浴びせかけられた。 予想どおり第二波がきた。 予想外だったのは、それ以上何もなく、ステッラが背を向けて足早に歩き去ったことだった。 さらに次がくると思ってつい身構えていた俺としては少し拍子抜けだ。 唖然と後ろ姿を眺めていると、気不味そうな顔をしたさっきの男が俺の肩を叩いた。 「…ちょっと、まずいんじゃないかい」 「何が」 我ながら間の抜けた声だったと思う。 そうは答えてみたものの、実際はなんだかよく分からない焦燥感に襲われていた。 そのせいか、この辺のことはあまり覚えてない。気が付けば男に背中を押され急かされ、 俺はあのクソ重いトランクを2つ抱え、そして追い出されるように広場を後にした。 「はやく追いかけるんだ、はやく!!!」 背中で男が叫ぶ声がした。 広場を出ると、また坂道だ。 少し人の手が加えられてマシな方だが、相変わらず街道というより山道に近い。 履いてる靴のせいもあって、ステッラはまだそんなには遠くへ行ってないだろう。 止せばいいのに、あいつは見栄えを気にしてヒールなんか履いてたからな…。 追いかけるには都合がいいが、それでもクソ重い荷物の分こっちも足並みは遅くなる。 まだろくに回復もしてない体力を削りながら出来るだけ急いで後を追うものの、 なかなかその姿を見つけることができない。 「世話をやかせる…!」 あれも違う、これも違う……すれ違う背を横目に先を急いだ。 また息切れを起こしながら、数分後には後ろ姿を見つける事ができた。 あの見慣れたブロンドは間違いない。 「ステッラ」 まだ距離があったが声をかけた。俺は疲れてるんだ、早く止まれ! しかし、そんな願いも空しく、何事もなかったかのように先へと進んでいく。 動じた様子もない、聞こえなかったのだろうか。 「ステッラ!」 今度は大声で叫んでみたが、やはり振り向かない。チラリと見ようともしない。 どう考えても意図的にやってるとしか思えなかった。 ………無視されている。 「チッ…」 軽く舌打ちして足を速めまた追いかける。 この女とはこんな感じの軽い衝突を追放されてからも何度も繰り返してきた。 度々というより、ほぼ毎日といっていい。世間の連中から見れば「そんなことで」と 思われるようなことがいつも原因だ。だが、実のところお互い重々承知の上でやっている。 くだらない、自分でもそう思う。喧嘩の後にはステッラも面白くなさそうな顔する。 分かっているのに、始まればいつも後に引けないのだ。やたら長く一緒にいたせいか、 妙に意地を張り合ってしまう。口を開けば悪態をつく。時には激しく罵りあう。 日常と化したそういうやりとりを俺は諦めもう慣れたものだとばかり思っていた。 ステッラが気に入らず癇癪をおこしそうな原因も最近は分かってるつもりだった。 (それでも俺は分かっててやる、それくらいの自由はあってもいいはずだ!) だが、今回は特に思いつかない。 何にそんなに怒っているんだ?理不尽な八つ当たりじゃないのか? それともこう思うのは俺の逆切れなのだろうか。 「おい、いい加減に…」 ようやく追い付いた俺は肩をつかんで無理矢理振り向かせ、 そして自分の目を疑った。 なんだ? なんで、泣いてるんだ? ステッラの大きな緑色の瞳が涙で潤んでいた。 まばたきをする間もなく、ぽろぽろと、その水玉が紅潮した頬を零れ落ちていく。 「ステッ……ラ」 「あんたなんかに、『あんな女』なんて言われたくないわよ!!!」 悲鳴のような喚き声のせいで、周囲の目が一斉にこちらを向く。 「あんたみたいなロクデナシで甲斐性なしで木偶の坊の役立たずで」 一気に捲し立てるステッラを、そのまま抱き込んで口を塞ぎ、 少し街道はずれた崖の側まで力づくで連れていった。 「もういいぞ」 腕の力を緩めると、さっきの続きといわんばかりに大声でまた喚かれた。 「あんたなんかに『あんな女』呼ばわりされちゃお終まいよ…!」 回されたステッラの手がばんばんと俺の背中を叩く。 体勢のせいもあって力が入ってないので、それほど痛くはないが 叩かれて気分がいいヤツはあまりいないだろう。 『あんたなんか』って言われた俺はどうなんだ。 俺も夢中ではっきりとは覚えてないが、もっとひどい事を言われた気もする。 いい加減嫌になってぶっきらぼうに「気は済んだか」なんて、 ついうっかり言ったもんだから、ステッラの怒りは静まることはなく、 それどころか鳩尾に一発食らわしてきた。 「ぐっ」 よろめいて身を崩しかけた俺の胸に顔を埋め、ステッラはまた泣き出した。 ………頼むから泣くか怒るかどっちかにしてくれ。 「あたしの人生台無しよ、もうおしまいよ………!!!!」 この茶番もそろそろ終わりにさせてくれ…。 「せ、責任ならとる」 そう呻くように言うので精一杯だった。 「アンタに何が出来るのよ」 「っ」 それから思うように言葉に出せない。 「なに?」 「けっ…」 出せないというか、おいそれと口に出来ない。 「けっ…………!!!!」 「だから、なによさっきから!」 言えば終わりだ、そういう確信があった。 「けっこん、して…やってもいい」 ステッラが驚いてばっと顔を上げた。 目を丸くさせて、ぽかんと口を開かせている。 言わない方がいい、自分でもそう思った。 しかし、一度言った以上もう後には退けない。 今度はハッキリと言葉に出した。 「…結婚しよう」 ステッラの返事は、 『イヤ』の二文字で、 即答だった。 ひどい恥をかいた。 そのうえ、それからというもの全く頭が上がらなくなった。 やっぱり言うんじゃなかった…。 その場の勢いでも駄目なものは駄目だ。 何かある度にその話を持ち出しては茶化してくる。顔から火を吹きそうだ。 なんで、あんな、心にもないことを言ったりしたんだ………。 だけど、その日から何かが変わった。 というのも、ステッラがよく笑うようになった。 嘲笑ではない穏やかな笑みを俺に見せる、 何故か急に手も握ってくる。俺がそれに驚くと、クスクスと笑う。 (本当はこれだけじゃないが、言わなくてもいい事だ) くすぐったいような時間と互いが触れあう感覚は悪くはないのだが、 とにかく、どうにも調子が狂って仕方がない。 そうこう思ってるうちに、ステッラと目が合った。 そして、彼女はまた俺に微笑みかける。 →ステンラ版(制作中) 戻 |